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執着は自分を犠牲にする。

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多くのひとには大事にしているものがあると思います。

その大事にしているものと執着というのは紙一重で、ただの執着を大事にしているものと勘違いしてしまうことが多いようです。

物わかりのよいひとでいることに執着するひとは、自分の決めたことをねじ曲げてでも、相手のいいように事を運んでしまいます。自分の思うありたい姿があるのに、執着のためにそれを犠牲にしてしまうのです。

自分の存在に執着するじいさんもいます。もう歳をとってその立場にないのに、あれやこれやと口を出してしまいます(しかも、その内容はたいていの場合、相当役に立たない)。

自分が認めてもらうことに執着するひとは、体力の限界を超えてまで働いてしまいます。食事は適当になり、お肌も荒れて、本を読む時間もない。そんな状態がかえって達成感のようなものを感じさせますが、実際のところ、数をこなすばかりのやっつけ仕事が大半で、気がついたら自分には何も残っていない、てなこともあり得るのです。

そうやって、みんな確認するのです。何度も何度も確認するのです。周りのひとはもちろん、自分のことをも自分で確認し、その結果に「ああ、よかった」と安心するのです。

自分の信念をねじ曲げた結果、「あのひと、話分かるよねー」という評判が立ったことを確認して安心するのです。

俺が威張り散らしても、みんな、はいはいって聞いてくれることを確認して、安心する。

頑張って頑張って頑張って、そして周りのひとの顔を確認して、「あ、ちゃんと認めてくれてる」と安心する。疲れた自分の顔を鏡で確認して、「わたし、ちゃんと頑張ってる」と安心するのです。

わたしの母もそうでした。
自分が家族の中で一番頑張っていて、自分がいなかったらこの家は回らないと豪語していました。

 

わたしが小学校低学年の頃までは、家族でときどき簡単な山登りに行くという習慣がありました。
山登り当日の朝、毎回必ずと言っていいほど母はキレていました。
お弁当のしたくなどでテンパっていたのでしょう。

でも、キレる前に「ちょいと手伝っておくれ」などと声をかけられたことはありません。
キレたらキレたで「なんでだれも手伝だわないんじゃ、ゴラア!」と言ってくれればまだわかりやすいのですが、そういうわけでもありませんから、何で怒っているのか当時はさっぱりわかりませんでした。

山登りに行く日の朝はなぜか必ず母が激怒する。そういう認識だけが頭の中に定着しました。

あのころはわたしも空気が読めませんでしたし、なぜ山登りの日に母が怒るのだろうかという探究心もありませんでした。父と姉は超ウルトラ空気読めない人間なので、まったく頼りになりません。

彼女が怒った本当の原因は、手伝ってくれないからじゃない。もちろん、手伝ってくれたらうれしいけど、本当に望んでいたのはそこじゃない。
認めてもらって当たり前なのに、望むようなフィードバックが返ってこないから、キレるのです。

今になってわかることですが、母は自分の存在価値を確認しようとしていたのだと思います。自分以外の家族はみんなバカで木偶の坊で、自分だけがしっかりしているということを、わたしたちに分からせたかったのだと思います。

ちっちっ。お母さん、甘いですよ。
人間なんて言葉にして言わないとわからないんですよ。
ましてやうちらは空気読めない阿呆なんだから、ちゃんと言葉にしないとわかりませんよ。

しかし、母もバカじゃありませんでした。新たな手を使って自分の地位を確固としたものにしようとしました。すなわち、父を悪者にしたのです。
といっても、父は女遊びや賭け事をするひとではないですから、わかりやすい材料がありません。だから、思いやりがないとか気が利かないとか、そういった主観的なことで、父を悪いやつに仕立て上げたのです。

そんな母の企みと、「お父さんのパンツと一緒に洗わないで」という年頃であった娘たちのタイミングとがぴったり合ってしまって、わたしは随分と父のことを誤解してしまい、そのまま大人になってしまいました。

誤解していたことに気がついたのは、父が7年前に亡くなってからですから、随分と時間がかかりました。

 

写真好きの父が、わたしが修学旅行で撮ってきたお寺の写真を気に入ってくれて、額に入れて飾ってくれようとしてくれたことがありました。

でも、そばで見ていた母は鼻で笑いました。
その母の姿を見て、これは喜んではいけないことなのだとわたしは察し、「いいよ、飾らなくて。写真返して」と父に言ってしまいました。

父がわたしのことを褒めると、甘いとかなんとか言って、たいてい母が横から否定しました。
わたしは父が40歳くらいのときに生まれた子どもでしたから、確かに甘いところもあったと思います。
でも、母にとって父が子どもに甘いかどうかはどうでもよかったのだと思います。母は、(自覚はなかったと思いますが)自分も褒めてもらいたかったのでしょう。
そうならそうと、ヤキモチでも焼いてくれたほうが、どれだけ平和だったかしれません。母は、自分の気持ちに気づいて、それを表現する術を持っていないひとなのです。
母は自分の存在価値に執着するあまり、良好な夫婦関係を犠牲にしてしまいました。自分の気持ちを表現できたならば、その犠牲はもう少し小さくなったのかもしれません。

 

……てなことを、思いこみであることも承知の上で書いていますが、こんなふうに思うようになったのは、父が亡くなってしばらくしたら東日本大震災が起きて、その後のことです。地震によって、わたしの中の何かも崩れたのでしょうか。

何かが崩れたと同時に、長年、両親に抱いてきた思いがこんがらがってしまいました。このこんがらかった紐をきれいに整理しようと、わちゃわちゃやり始めてはや数年。
紐を解くのはけっこう大変です。でも最近、もう少しでしゅるしゅるっとほどけるような気がしてきました。
カチカチになった固結びのところがあるんですけど、これがほどければ、あとは楽勝かも。
この紐もわたしの何らかの執着なのだと思います。

固結びがほどけたら、またそのことについて考えて、それについて書いてみます。

 

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