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「はしたない人間じゃない」と思いたいわたし

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昼下がりの中央線下り方面の電車に乗り込む。
車内を見渡すと、一番嫌な感じの混み具合である。

乳歯が抜け始めた子どものように、ぽつりぽつりと席があいている。
一番座りにくいパターンだ。
7人がけのシートに、空席が一つとか二つとか三つ。
ぽつりぽつりぽつり。

東京駅を出た頃は、たぶんもっと空いていたんだろう。
これ幸いと1.5人分くらいのスペースを占領して、スマホゲームに夢中のサラリーマンがいる。
自分の横にカバンを置いて、口を開けて熟睡している男子高校生がいる。
そんな奴らがいると、三つの空席が二つとか、一つ半とかになったりする。
べつにそのことに腹を立てているわけではない。
ご自宅のようにくつろいでいただきたいと思う。

そんなことよりも、わたしには、ひとと争わずにすむ座りかたができないことが問題なのだ。
わたしと同時に乗り込んだひとがいなければ、一人分が確保されている空席目指してまっしぐらだけども、同じドア、あるいは隣のドアから乗り込んだひとがいれば、座れる確率は下がる(当たり前だけど)。
そして、静かな戦いをしなければならない。

いや、いいんです。そんなに長い時間乗るわけじゃないから。
立っててもぜんぜんかまわないんです。
どうぞお座りください。

ところが、この中途半端な混み具合だと、立つ位置も重要な問題になる。
ドアの横に立っていてもいいけれど、右のドアが開いたり左のドアが開いたりと駅ごとにころころと変わるから、落ち着かない。

かといって、吊革につかまるのも気の毒だ。
気の毒なのは、目の前の空間をわたしに占拠されたひとだ。
「え。なんでこんなに空いてんのに、よりによってなんで俺の前に立つわけ?」
とか思われそう。
「車窓を楽しんでいたのに遮りやがって」
とか思われそう。

やっぱり座ったほうが気が楽かもしれない。
そうするとやはり他人とその歯抜けの席をめぐって争わなければならない。

「どうぞどうぞ」
「いえいえ、どうぞどうぞ」

なんて言い合えるほど、日本人はお人好しではない。

「レディファースト」「譲り合い」「おもてなし」なんて言葉は、この日本、少なくともここ東京には存在しないかのごとく、我先に座る輩が多い。

ええ、わたしはこのことにもとりたてて腹を立てているわけではない。
人類みな平等。

悩ましいのは、もしわたしが負けた場合、その負けをアピールするところがないということだ。
このやり場のなさをどうすればいいんだという困惑に悶え死にそうになる。

猫はおもちゃを取り損ねるなどの失敗をすると、踊ってごまかすがわたしがそこで踊るわけにはいかない。
証拠↓↓

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小林まこと 『What's Michael? (1) 』 講談社

でも、そんな輩ばかりではない。さりげなく自ら負けてくれるひともいるのだ。
そんなひとがいると、やり場のなさに悶え死ぬことはなくなったが、それはそれでそわそわする。
わたしの頭の中には「レディーファースト」も「譲り合い」も「おもてなし」もないことに気づき、愕然とする。
はしたない人間なのだと自己嫌悪に陥る。
「え、はしたなくないとでも思っていたの?」というだれかの声が聞こえる。

負けてくれたひとを盗み見ると、だらしのないところがなくて、頭良さそうな顔をして、筋が通っていそうで、文庫本なんか読んでいる。
負けてくれたひとたちに、背中を曲げてスマホに夢中なんてひとはいない。

だから、より「負けた感」がつのる。
こんな思いをするなら、最初から「座る」という戦いに参加しなければよかったと思う。
時すでに遅し。
ここでもわたしは負けを認めることになる。

座っても負け。座らなくても負け。
とっぴんぱらりのぷぅ。

 

今日のBGM:

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