読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

長時間労働したっていいじゃない。

f:id:utsubo_lab:20170101173141j:plain

去年の冬の数ヶ月間、私の唯一の楽しみは会社の帰りに肉まんを買い食いすることでした。仕事が忙しくて食べ物が入っていない空っぽのお腹を、ほかほかの肉まんはカイロのようにあたためてくれました。
毎晩肉まんを1個だけ買う変なオバサンだと思われたくなかったので、駅前にある3件のコンビニをローテーションで使わせてもらいました。その結果、緑の看板のコンビニの肉まんが、私にとっては一番おいしいということがわかりました。どうでもいいことですけど。

 

あの過酷なプロジェクトへの参加に自ら手を挙げたことが、こんな生活の始まりでした。まあいい。冬が終われば、私はこの会社を去ることになっていたから、最後のご奉仕です。いつまで続くのかという絶望感にさいなまれることなく、私は淡々と仕事をしていました。

 

私はある時から残業が劇的に減りました。現場で実務をすることが少なくなったからです。
同僚が「毎日残業でやんなっちゃうよ」と言っているのを聞いて、「じゃあ、はやく帰れよ」と内心思っていましたが、ねぎらってほしいのが見え見えなので、「忙しくて大変ですね」と言うことにしていました。こいつは文句を言いながらも、本当は残業が好きなんだと思って、冷めた目で彼を見ていました。
でも、本当は私ももっとばりばり働きたかったんでしょうね。ひがみ根性というものは、悪い性格をさらに悪くさせるようです。

ワークライフバランス」だとか、「頑張りすぎない」「人に頼る」といった風潮も最近よく聞くようになりました。
ワークとライフの定義があいまいなワークライフバランスは受け入れがたかったのですが、頑張らない、人に頼るといったことには、私もいっとき影響を受けていました。 みんな自分が必要とされる人物でありたいからたくさん働いているんだ、そんなに頑張らなくたって代わりはたくさんいるし、会社は困らないよ、と思っていました。

ところが、世の中には働き者の人は依然としてたくさんいるのです。
たとえば私が手伝っているカフェのオーナー。オーナーがカフェ以外の仕事も抱えており、始終あちこち走り回っています。
たとえば去年から通っているライティング講座の先生。いろいろなプロジェクトを発動させつつ、ご自分の仕事もあり、ときどき職場で寝落ちしているようです。
でも、彼らに対して「そんなに頑張らなくてもいいのに」という気持ちは出てきません。「体が大丈夫だろうか」と心配することもありません(きっと大丈夫でしょう、たぶん)。

「疲れたな―」と思いながら、夜道で肉まんをパクつく私と彼らとの違いは、自分で選択して仕事をしているかどうかの差なのだと思います。自分の意志ともいえるでしょうか。

去年、広告代理店の女性新入社員が長時間労働でうつになり自殺したというニュースが話題になりました。もしも彼女が自分の選択で仕事をしていたなら、肉体的に疲労することはあったにしても、うつになることはなかったんじゃないかと思います。

 

先日、ある僧侶の話をちょっとだけ聞く機会がありました。
歩くときに、ただ漫然と歩くのではなく、一歩一歩を意識してみる。そうすると、今の自分を自分で認識できるようになり、次の一歩をどう踏み出すのかを自分で選べるようになるという話がありました。
自分が緊張して歩いていることがわかれば、もっとリラックスして歩きたいと思うかもしれません。そうしたら、力を抜いて次の一歩を踏み出してみる。優雅に歩きたければ、次の一歩を女優のように踏み出すというように、次の一歩を自分の意志によって決められるのだそうです。
生きかたもそれと同じことで、その時その時で、今いるところから次の行動を選べるようになることで、自分が納得できる生き方ができるようになるのだそうです。

 

今の自分を意識するだけだと意欲がなくなってしまったり、思考力が落ちてしまったりすることもあるかもしれません。でも、今の自分を意識して、その次にどうありたいかを選択すれば、意欲がなくなるどころか、次の一歩を自分の好きなように踏み出せるんじゃないでしょうか。
自分で選んだことは、自分で納得できる。そうすれば、精神的な病になることはないような気がします。ただ、自分で選んだのだから、正しくてもまちがっていても誰のせいにもできなんですよね。これについては、私なんかは気をつけないといけないんですけどね。

 

頑張っている人を見て、力をもらえることもあれば、自分がダメな人間のような気がするときもあります。
力をもらえるときは、相手のストーリーが見えて、自分にも可能性があるかもしれないと思えるとき。やってみようかという気になります。
ダメ人間と思ってしまうときは、根性論に振り回されるとき。根性論大嫌いなんですが、昭和の人間なので、やっぱり根性論には依然として弱いんです。「できない」と言ってはいけない、やらなければいけないことはサボってはいけない……。罪悪感がひしひしと襲ってくるかんじです。
ここでサボった人間は負けだ! とか、やり遂げられない自分はなにをやってもダメだ! などという妄想がほわんほわんと浮かび上がってくるのです。
もっとファンタジーな妄想ができるといいのだけど……。

で、妄想にとらわれているときに何かをやると、だいたいうまくいかない。自分の選択で動いているからではないからかもしれません。外側のなにかに振り回されているんでしょうかねえ。

 

本当に自分が限界まで働きたければ働けばいい、ほどほどにしたければそれでもいい。どちらの行動をとっても、出た結果に対しては自分が責任をとるしかないのでしょう。

 

ということで、自己責任で今日は怠けます。 あれ?