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インプットは楽なんだから、それだけやっていればいいのに。

ブログ

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 ここ2か月ほど、いろいろと追われることがあり、私にとって娯楽といえる種類の本をほとんど読んでいませんでした。

が、やらないといけないことを珍しく前倒しにした結果、クリスマスを前にぽっかりと時間ができ(もちろんクリスマスに予定があるわけでもなく)、ものすごく久しぶりに自分の楽しみだけのための本を何冊か読みました。

大学生でもある私は、学校の教科書だったり、レポートを書くための文献だったり、そのたぐいの本を読むのに忙しかったこの一年。

気負わずに本を読むということの楽しさを久々に味わいました。

インプットしたまんまというのは、楽しいです。楽(らく)です。
一生こんな生活できいたら楽しいだろうなと思います。

いや、できないこともない。というか、普通にできそうです。
9時から17時まで仕事して、日常生活に必要なことをこなして、あとはインプットの時間に充てる。

 

これ、実際に私やってたじゃん! と思いました。

でも、なぜかやめてしまいました。 

安定を目指していたはずなのに。
楽チンを目指していたはずなのに。
なぜか自らやめしまいました。ふしぎー。

 

私にはいろいろなやめ癖がありますが、楽チンすらもやめてしまうのは、いったいなぜなんでしょう。

「なぜなんでしょう」なんていっても、人間のしくみのことですから、脳科学とか神経生理学とか心理学とか、そういったことが関係あるのかないのかもわからない私が考えたところで、おいそれと解明できるものではないのでしょうけど。

でも、なんとなく思うのは、人間はやっぱりアウトプットがお好きなのだろうということ。

アウトプットといってもピンからキリまでありそうですが、ピンでもキリでも外に出せば、文字通り立派なアウトプットです。

たとえば、サラリーマンのおじさんの昔話自慢なんてのも、まさにアウトプットなんだなーと思います。

私、前職では社内研修で講師のまねごとのようなことをしていましたが、最初はおとなしい受講生も、ちょっと慣れてくると人の分までしゃべってましたから、やっぱりアウトプットが好きなんですね。
といいつつ、時間を気にする小心者の私は「いいよいいよ、出しちまいなさいな」とは思ってあげられなかったのですが。すみません。

そんな感じで、いつどこでなにをアウトプットするかということを、人間は今か今かと待ち構えているんじゃないかと思うのです。
アウトプットしたくてうずうずしているのです、たぶん。

という人間の習性から、私もインプットだけの人生には飽きてしまって、それを放棄してしまったのかもしれません。

私はここ2か月前に、このブログとは違うところで、文章でアウトプットすることを始めました。
ほんと、これ修業です。
アウトプットはつらい。つらくならなくなるまでがつらい。いや、楽しくなるときがくるのだろうかと不安になり、やめたくなります。

 

私はしゃべることがあまり得意ではありません。
口からのアウトプットできなければ、後はなにが残されているでしょうか。

方法は種々様々あるでしょうが、美術や音楽などの芸術系は、私にとっては論外です。
書道もできない。料理もダメ。
ほかにもいろいろありますが。
可能性として残されたのは、文章で表現すること。

それでも、書くことのセンスがあるかといわれれば、なんともいえません。
世の中には猛者がゴマンといますから。


細かいことにとらわれて、結果的につまんない文章になりがちなんですね、私の場合。
テクニカルライターをしていたのと、それから性格もあるでしょうか、なんだか味気のないものになりがちです。
論点がずれていないかとか、表記上の問題がないかなどといった推敲をしすぎてしまい、勢いがなくなってしまうんですね。
それなのに、後々見てみると、論点がずれまくっていたり……。
心にもないことを書こうとするからずれるのであって、本当のことしか書かなければずれようがないわけで。

このブログでは、そんなことを一切気にしないで書きたいです。
でも、もちろん皆さんにおもしろいと思ってもらわなければ、公開する必要もないわけで。
やはり読んでくれる人を意識したい。

ただ、評価をあまりに気にしすぎると結果的に面白くなくなるのが私の傾向でして。
私の100%の勢いで書いて、それが面白いと言われるようになるために、私は日々修行しているのですね。

 

うーん、でも、なんで修行なんかしているんだろう。やっぱりふしぎー。