読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

部長、会社やめるってよ

ブログ

f:id:utsubo_lab:20170317234205j:plain

「きみは口と脳みそと直結してるから、これ以上出世できないよ」

まだ会社で働いていたころ、上司であるサカキ部長にこう言われた。
目標管理の面談だったか、賞与のフィードバックだったか忘れたが、割りと唐突に言われたのを覚えている。今まで話していた文脈とはあまりつながっていなかったからだ。

サカキ部長は、親会社から出向してきた。片道切符であることは、本人も分かっていただろう。2年後には、うちの会社に転籍となった。
親会社には、55歳で役職定年というのがあり、平社員としてそのまま残るか、子会社に役職者として移るかの選択をしなければならない。
だが、彼は55歳にはなっていないのに、出されてしまったようだ。しかも、エリートと言ってもいい経歴なのに。

東大で修士課程を修めた後、入社。研究所に配属され、アメリカで客員研究員も務め、途中で博士を取得し、云々……。都内のある大学院で客員教授もしている。
タイプとしては、天才肌ではなく、どちらかと言うと努力家である。

まだ部長と机を並べていたとき、右側に座るその人についてときどき考えた。
大きなお世話だが、「立派な経歴なのに、なんでこのひと、うちの会社に出されちゃったんだろう」などと考えていた。
東大を出たって、博士になったって、そのひとを活用しない会社ってなんなんだろうと思った。

わたしが言うのも生意気だが、サカキ部長は出向者の中では抜群に仕事ができた。
天下り族の中には、あと5年、平穏に過ごせればいいという気持ちが見え見えのひとも少なからずいる。良くも悪くもしない、現状維持を貫こうとするのだ。
子会社なんだから、あまり儲けを出すべきではないと言うひとたちもいた。
だが、サカキ部長は、そうではなかった。既存の事業は、もっと大きくしようとしたし、積極的に新しいことも始めていた。

いつも忙しそうにしていた。昼食に出たと思ったら、10分足らずで戻ってくるし、夜は最後まで会社にいることが多かった。
会社の仕事と大学教授をかけもちしているのだから、限界を超えてしまったのだろうか。少々メンタルをやられていたと、後日談として本人がカミングアウトした。

 

日本が学歴社会ではないことがわかったのは、社会に出てしばらくしてからだ。
新卒の時点では、学歴を重視される。就活中に「きみの大学からは採用したことがないんだけどねえ」とある企業で言われたことがある。当時はわたしもまだうぶだったので、なにも言い返せなかった。
くやしいというより、そんな露骨なことを言われることにびっくりした。
目の前でバブルがはじけ、ベビーブーム世代でもあることに加え、なんの取り柄もない四流私大の学生にとって、就活は苦行だった。
なのに、いったん会社に入ってしまえば、どこの学校を出たかなんていうのは、一部を除いてあまり関係なくなっていく。それは決して悪いことじゃないとは思う。

「日本って学歴社会じゃないですよね」と飲み会の席で部長に言ったことがある。それに対して部長は激しく賛同し、こう言った。
「俺は言いたいことを言いすぎた」

 

「部長、3月末で会社やめるそうですよ! 波紋を呼んでます!」
前職の後輩からLINEが入った。
ああ、やっぱりやめるんだなと思った。思っていたよりちょっと早かったけど。

去年、わたしが退職の意向を部長に伝えたとき、彼は「俺もやめたい!」と言っていた。
笑いながら冗談のように言っていたが、あながち嘘ではなさそうだと感じた。日ごろから、研究に専念したい、論文書くのが大好きだとも言っていたし。

サカキ部長に、脳みそと口が直結しているから出世できないと言われたとき、なんでこんなこと言われないといけないんだろうと思った。
わたしはちゃんと仕事をしている。査定はこんなによくしてくれている。査定したのは部長でしょ。なんで、そんなこと言うの。

わたしは中途入社者の中では、ある程度のところまで上がるのは早い方だった。だが、その後は、一人二人と気がつけば追い越されていた。
明らかに仕事のできないひとが出世していった。いや、そうじゃない。仕事ができないように、わたしには見えただけだ。それはわたしの尺度でしかない。
わたしは仕事で成果さえ出していればいいと思っていた。上にへつらう必要なんてないと思っていたし、そんなことはごめんだとも思っていた。

きみの尺度はこの会社では間違っている。出世したかったら、脳みそと口を断絶させるんだ。
部長、そういう意味だったのですか。
それともそんなのはただの深読みで、口の悪いわたしに対して、日頃の恨みを晴らしただけですかね。

 

サカキ部長は、4月からうどん県の大学に赴任することになったそうだ。
給料はまだ決まっていないが、うどんで食いつないでいけばなんとかなるだろう、などとうれしそうに話しているらしい。

どうしてだろう。部長の門出が素直にうれしい。
「言いたいことを言いすぎた」結果、彼は会社を追い出されたかもしれないが、そこには後悔や恨みはなく、かといってきれいごともない。
淡々と自分の進みたい道を歩んでいくところに、わたしは共感するのだ。

 

「“おめでとうございます”って伝えといて」と後輩にLINEの返事を出した。
もう一つ言いたいことがあるけど、それはいつか会ったら直接言おう。
脳みそと口を断絶させる気はありません、と。

 

※登場人物の名前は仮名です。

正義を貫くのも罪を認めるのも恐ろしい。

映画 ブログ

彼がこんな風に演じるのは理由がある。
おそらく自分の行為を後悔してる。
人を殺したことを悔やんでいるんだ。
彼は罪の意識を感じている。
だから、殺しを再現するとき 感情を失ってる。

わたしは、正義感を振りかざす……、というと言いかたがよくないが、要するに素直に正しいことを主張したり実行したりしようとするひとを見ると、攻撃したくなる。

自分には正義を貫く勇気がないと思っている。
四六時中、その主張した正義に恥ずかしくない人間でいられないと思っている。
そういったことを他人にも勝手に当てはめて、
「じゃああんたは、なにがあってもそんな立派な人間でいられるんですかい?」
とついつい攻撃したくなってしまうのだ。
実際にそんな言いかたは滅多にしないが、急にムスッとしたりするときは、そんなことを思っている。すみません。

 

ドキュメンタリー映画ルック・オブ・サイレンス

どこかのおじいさんが、かつてひとを殺したときの様子を再現している。楽しそうに、ものすごく自慢げに。
殺人を自慢するおじいさんと同じ勢力に肉親を殺されたアディさんという男性が、その様子を見て言ったのが、冒頭の言葉だ。

これを聞いたとき、ちょっと違うような気がした。罪の意識がないからこそ、こうして楽しげにかつての殺人を再現できるのではないかと。
「知らない」とか「忘れた」とか「そんなことはなかった」などと言い張るひとたちのほうが、罪の意識を感じているのではないか。だから、隠そうとするのではないか。
もし、アディさんの言葉に嘘がないのなら、彼はものすごく慈悲深いか、悟りをひらいたか、あるいは人生を諦めているのか、そんなたぐいのひとだろうと思った。切なすぎて、すこし泣きそうになった。
でも、そんな「切なくて……」なんてアホなことではなかった。

 

1965年のインドネシアで、ある大義名分のもとに大虐殺が行われた。アディさんの兄も殺された。
虐殺を指揮した者、実行した者、加担した者たちは裁きを受けることなく、今も生きている。結構いばって生きている。偉くなって政治家になっているひともいる。

「許せん!」と怒りを覚えるかもしれない。確かに、現代の、わたしたち日本人がもつ一般的な倫理観に基づけば、許されることとは到底思えない。
でも、もしも自分が50年前のインドネシア人だったら、虐殺を止められただろうか。止めるところまでいかなくても、なにかが「おかしい」と感じられただろうか。
わたしには自信がない。寄らば大樹になる可能性のほうがあきらかに高い。

今の日本を生きていても、日々おかしなことはたくさんしている。
会社員だったころ、いじめているつもりはなかったが、必要な値引き交渉だとかコストダウンだとかいう大義名分のもとに下請けいじめをしていた。
当時のわたしは、その先のことを想像しただろうか。部品のコストが下がるということは、どこかで低賃金で働かされるひとたちがいる可能性があるということだ(他の要因で下がることも当然あるだろうが)。
安い賃金で働いてくれるひとを求めて、企業は海外に飛び出していく。インドネシア一つとっても、先進国の企業に不当に低い賃金で働かされているひとたちがいるということへの知識がまったくなかった。いや、知ろうとしなかった。
そして、わたしは自分のしたことを自慢したのだ。人殺しのおじいさんのように、笑みを浮かべながら。
わたし頑張りました! 全体で××パーセントのコストダウンを達成しました! 
おめでとうございます! 今期の事業部長賞です! 
わーい、賞金でみんなで飲みに行こう!

思い出した。このとき、わたしはかすかに違和感を抱いていた。自分がしたことによって、どこかでだれかが大なり小なり苦しい思いをしているんじゃないか。
取引先のひとは上司に怒られているかもしれない。この下がった分のお金は、どこで辻褄を合わせるんだろうか。同じような負の連鎖が、下請け、孫請け…、どこまで続いていくのだろうか。
そういったことを見ようとしなかった。どこか奥の奥の方に押し込めた。殺人自慢をする「感情を失ってる」おじいさんと一緒だ。
インドネシアのおじいさんたちは、自分のしたことを後悔しているかもしれない。感情を失うことによって、それと直視することを避けている。だから、喜々としてかつての殺人を再現する。


今の日本で生きている限り、だれか/なにかの犠牲なしに生きていくことはかなり難しいのかもしれない。
競争と倫理のどちらをとるのか。
同じ日本の中にすら、犠牲はたくさんある。フクシマ、オキナワ……。わたしは知ろうとしない。だってわたしの責任じゃない。
インドネシアのおじいさんたちは揃って、「虐殺は自分の責任じゃない」と思っている。
スクリーンに映った彼らを客観的に眺めれば、「おやおや」と思う。けれど、わたしは、あのおじいさんたちと同じ人間になる危険性と薄皮一枚で隔てられているだけだった。

日本では、満員電車で足を踏んでもとっさに「ごめんなさい」と言うひとが少ない。
相手が「大丈夫ですよ」と言って罪がなかったことにしてくれればいいが、舌打ちでもされたらいたたまれない。罪を認めるしかない。
それを恐れて、電車が急に揺れたことのせいにして、「自分の責任じゃない」ことにしたくなるのではないだろうか。

足を踏むよりもはるかに重い罪を認めるのは、相当な勇気が必要なのかもしれない。

お寿司は穴子から食べます。

ブログ

f:id:utsubo_lab:20170308054622j:plain

回るところのものでも回らないところのものでもなく、寿司桶に入ったお寿司だったら、何から食べますか。

好きなものから食べる派と、嫌いなものから食べる派がいるとよくいわれますが、(お寿司についていえば、白身の魚から食べ始めるのがあるべき姿だという説もあるようですが)わたしはまず好きなものから始めて、次に好きでも嫌いでもないものを食べ、最後にまた好きなものを食べるという順番です。

わたしは穴子と青魚が好物で、中トロもまあまあ好きです。
桶に入ったお寿司のようにネタを選べない場合は、穴子から始めて、好きでも嫌いでもないタコ・イカとかエビ・カニ、および貝類を途中で食べ、最後から二番目はイワシなどの青魚、しめは中トロというかんじです。
しめがイワシでもいいんですが、最後はちょっと高級品で終わらせたいのです。なんだか貧乏くさいですが。

お腹が空いているときに好きなものをおいしく食べたい。でも、最後になにも楽しみが残っていないのもちょっとさびしい。
だから、好きなもので始めて、好きなもので終えるということをしています。


今、目の前に、わたしにとっての穴子があります。それは半月ほど前からあるのです。それが世に出るとほぼ同時に、手に入れたのです。

予約してまで買ったのに、ほとんど触っていません。ネットでそれについて書かれた記事を見かけたりもしましたが、絶対にクリックしません。「ネタバレ無し」と書かれていても、絶対にクリックしません。

それとは村上春樹の新作『騎士団長殺し』です。
Amazonで予約して買いました。

自分がハルキストだと、とくに自認しているわけではありませんが、彼の書いたものはほぼすべて読んでいるので、ハルキストと言っても許されるのかもしれません。
昨年、インフルエンザにかかったときは、ひたすら村上春樹の過去の作品を読み漁っていました。
村上春樹の作品は読みやすいから病気のときにはぴったりと言うと、驚かれます。みんな口を揃えて、そんなときに読めるものじゃないと言います。
なるほど。わたしはあんまり内容を理解していないのかもしれません。

『騎士団長殺し』は1部と2部の2冊で構成されていますから、今、読み始めては絶対にいけません。
こんな長編を読み始めてしまったら、たいへんなことになります。今月は大学のレポートを2本提出すると決めたのに、文献を理解する速度と書く速度が遅い自分が、こんなのを読み始めた日にはレポートなんか出せません。
ただでさえ、村上作品はいつも一気読みしてしまうのですから。

お寿司を食べるときのように、最初と最後を好きなもにする方法でなにごともできればいいんですが、実生活ではそれができないことが多いです。
今は穴子をすっ飛ばして、まずはタコやイカから食べ始めないといけない時なのです。
なのに、歯の弱いわたしはタコがなかなか噛み切れなくて、口のなかでいつまでもくちゃくちゃと食べています。

空腹のうちに好きなものをおいしく食べるのもいいですが、穴子がよりおいしくなるために、そして心おきなく穴子を堪能するために、まずはイカやタコをきれいに食べてしまいたいときもあるのです。
そんなときに食べる穴子は、本マグロぐらいの価値があるかもしれません。だからこそ、いま、とっととタコを食べてしまいたいのです。

穴子がまずくならないうちに、さっさとタコを噛み切れよ! と自分に叱咤しています。

 

 

持久力より持続力

ブログ

f:id:utsubo_lab:20170305150840j:plain

運動神経と協調性のないわたしが唯一得意とする運動は、マラソンでした。短距離ではなくて、長距離です。俊敏性はなかったのですが、持久力はあったんです。

ここ数年は、道を歩けばしょっちゅう後ろの方から聞こえてくる「とっとっとっ」という足音に、追い剥ぎではないかどきっとさせられますが、これもマラソンがブームに終わらず、すっかり定着した証だと言えましょう。

マラソンが得意だったとはいえ、アラフィフに突入したわたしに走る気力も体力もありません。もっぱら歩く。ひたすら歩くです。
「ウォーキング」ではありません。わざわざウォーキングの時間を作り出す要領の良さもありませんので、出かけるときはほぼ必ずひと駅やふた駅分歩くようにして、なんとか体力の維持をはかっています。

 

去年の秋から、あるところで文章を書く、ということを学んでいました。その学びが先日終了しました。
学び始めたときは、とにかく書こうと思っていました。週に一度2000字、上のクラスに上がってからは5000字を書く課題が与えられました。
最初のうちは、ちゃんちゃんと書くんです。ですが、だんだんと失速していくわけです。一回サボり、二回サボり……。結局、この日で最後の提出日だよ、というときには何も書けなくなっているのです。

いや、書きたいという気持ちはあったんです。でも、書けませんでした。その原因はなんだろうかと考えてみました。

一つは、なにを書いていいのかわからなくなったことです。「書く目的」を見失ってしまったのです。

もう一つは、手を動かそうとしなかったことです。書くことがなくなってしまっても、とりあえず書こうとすることだってできたはずです。でも、パソコンの前で書けずにかたまってしまう事態に陥ることが怖かったのです。
書く目的なんてなくても、テーマをどこからか引っ張ってきて書こうとすることはできたはずです。このはてなブログだって、「お題スロット」なんてのが用意されていますから。

でも、書けなかった。一歩を踏み出そうとしなかったんですね。
あくまでもわたしの場合ですが、大きな一歩を踏み出すのは意外とたやすいのです。「えいやっ」と飛んでしまえばいいんですから。

でも、日々の小さな一歩を踏み出すのは、意外と難しい。
「明日からダイエット♪」と言いながら、食べ納めとばかりにケーキをもりもり食べるのと似ています。「明日からダイエット♪」が延々と続くように、「明日から書こう♪」を毎日毎日自分に言っているのです。

今回の、この書けなくなったときに必要だったことは、小さな一歩です。行き詰まっていても書こうとする小さな一歩です。とりあえず、お題を見つけて、構想を考えて書き始めてみればよかったんです。それができなかったのは、わたしに持続力がなかったからです。

マラソンが得意だったのは、持久力があるからでしたが、この持久力は、ゴールが見えたからこそ発揮されたのです。
トラックに入るまでゴールは見えませんが、ゴールがあることはわかっている。走りきればゴールだということを知っている。だから走れたのです。

それに対して、ゴールがいつまでたっても見えなくても走り続けられる力というのは、持続力なんじゃないかと思います。ゴールが見えない。トラックすらない。どこまでが走りきったことになるのかわからない。でも、走り続けなければいけない。
こういう類の行動が、わたしはどうやら苦手のようです。結局、目の前のことを追いかけていることしかできなかったのです。
目先のことばかり考えずに、長い目で考えないといけないんじゃないか、てなことを仕事では偉そうに言っていましたが、目先のことだけを考えていたのは、この自分でした。

だから、こんな人間にも走るモチベーションを維持できる目標のたてかたが必要だと思いました。

達成できるわけがないので、お正月に一年の目標をたてることは長年していません。
会社員でいたころは、会社が「目標管理」とかいうことをしてくれるので、その目標が無理やりたてたものであっても、やや不本意なものであっても、なんとなく頑張っているような気になるのです。
でも、会社員でなくなった今は、自分で目標をたてなければいけません。
とはいえ、一年をかけた壮大な目標を立てると苦手な持続力というものが必要になるので、ちょっとずつ達成できるような目標にすればいいんじゃないかと思いました。
なので、1ヶ月ずつ目標をたてることにしました。

2月は、5つの目標のうち、4つ達成しました。残りの1つがけっこう重要なことだったので、情けないといえば情けないのですが、まあいいことにします。翌月に頑張ることにします。過去は振り返りません。

3月も同じようにやってみます。
同じく目標5つです。そのうちの一つは、ブログを月に12回書くというものです。
これを宣言するために、なんとも長々と書きました。

それを達成したところで、その先になにがあるのかさっぱり見えませんが、とりあえずやってみます。がんばります。

職場の人間関係は二世帯住宅に学べ?

ただの日記

f:id:utsubo_lab:20170301220155j:plain

どこで見たのか忘れたが、「転職の理由は人間関係以外にない」と断定して書いている人がいた。だれが書いたのかもさっぱり覚えていないが、請われてコラムを書くぐらいの人ではあった。

これを読んで「えっ?」と思った。そんな言い切っちゃっていいのんかしらん。まあ、もちろんそういう人もいるだろうけど、そうじゃない人もたくさんいるはず。

職場の人間関係に悩むということを、わたしは今ひとつ理解できない。自慢じゃないが、わたしは職場の人間関係で困った経験がない(自慢か……)。
まあ、陰でなにか悪口を言われたりはしていたんだろうけど、人間関係が仕事に影響をおよぼすことはなかった。

でも、職場の人間関係に悩む人は確かにいる。わたしも同僚からそれ関連の話を聞いたことは一度や二度ではない。

当たり前だが、会社は学校ではない。仕事をしに来るところだ。人付き合いよりも仕事をちゃんとすることが優先なんじゃないだろうか。
仕事をする上で必要なチームワークとか協調性と人間関係はごっちゃにしないで、分けて考えないといけないんじゃないのか。
と会社員をしていたころは、そう思っていたし、今でもそう思っている。

 

話は変わるが、二世帯住宅という便利なものが発明されてから、だいぶたつ。
こういうものを考えついた人はすごいなあと思う。それに、二世帯住宅が長い時間をかけずに日本に広まったことも意外だ。

同じ屋根の下に住んでいながら、アパートでもないのに別々の玄関から出入りして、壁一枚だか床一枚だかを隔てて別々の生活をしているということを、日本人がいとも簡単に割り切って考えることができた。良くも悪くも他人に気を使い、同列を良しとする日本人にとって、これはすごいことじゃないだろうか。

転職するのは人間関係によるものしかないと言う人がいまだに存在するのに、二世帯住宅のようなドライな関係が受け入れられたというのは、どういうことなんだろうか。

「あら、同じ敷地に家を建てるのに、息子さん夫婦と別々に暮らすの? お嫁さんとうまくいってないの?」
なんて、隣の奥さんに言われないだろうか。そんなことをよく気にしなかったなと思う。

彼らは、無理して同居してストレスがたまり、いらぬトラブルのせいで親夫婦と子供夫婦の関係がおかしくなるよりも、最初からトラブルが起きないように住居を分けることを選択したのだ。病気を未然に防ぐ予防医療と同じだ。
嫁姑関係(嫁と姑とは限らないだろうが)がこわれてから四苦八苦して関係を修復するよりも、その関係を良好に保ち続けることを重視したのが、二世帯住宅の考え方なんだと思う。
本当の医療の世界では、予防医療というのはいまだに少数派のようだが、家族の関係性においては予防医療的な考え方が受け入れられているのだ。

 

職場の人間関係も予防医療と同じに考えればいいと思う。人間関係でトラブルが起きないように予防すれば、くだらないことで悩むこともなくなるような気がする。

ある団体の代表をしている知り合いは、職員が出張や旅行に行ったときに、職場にお土産を買ってくるのを禁止しているという。
お土産を習慣化すると、みんなが買ってこないといけなくなるし、あまり出かけない人はおみやげをもらってばかりになって、「あの人はなにも買ってこない」みたいな余計なトラブルが起きるのだそうだ。
そういうくだらないことで仕事がおろそかになるのを事前に防ぐというのが趣旨だ。

 

ことさらに一人でいようとして孤立するわけでもなく、公私ともにべったりでもなく、ほどほどの距離を保っていれば、職場の人間関係でトラブルが起こりにくくなる。経験的にそう思う。
わたしは無意識に二世帯住宅方式で仕事をしていたみたいだ。
無視したりいがみ合ったりすることはしなかった。でもお昼は一人で行っていたし、プライベートな話は当たり障りのない範囲でしていた。
傍からは一匹狼のように見えたらしいが、これが功を奏して、いろいろな情報が入ってくる。群れていないから情報が漏れないと思うのか、みんな安心してべらべらと話してくれた。一つのできごとや一人の人について、いろいろな側面からの情報が入ってくる。
おかげで、ものごとにはいろいろな見方があり、人によって感じ方がさまざまにあるということを身をもって知ることができた。

どこの職場でも、いつも一緒に行動する人たちは必ずいた。昼休みも、休憩で給湯室に行くのも、帰るときも。
一緒にいる時間が長ければ、いろんな感情のやり取りがあり、気に入らないこともそりゃあ出てくるだろう。
家族や友達なら、そこを乗り越えてより深い関係になっていくんだろう。でも、一人でいたくないという、ただそれだけの理由だけで群れている場合は、時間の経過とともに破綻しやすくなるような気がする。

だから二世帯住宅方式がお勧め。ばっさり関係を切ってしまうのではなく、お互いに都合のいいときだけ一緒の時をすごす。
すべての人間関係がこんなんかんじだったら、ちょっと寂しいかもしれないけど、人との関係性よりも、ほかに大事にしたいことがあれば、二世帯住宅方式も悪くない、と思うのはわたしだけなんだろうか。

開き直るわけじゃないけど、わたしは利己的である。

ブログ

f:id:utsubo_lab:20170209090239j:plain

「これから何する?」と題したマインドマップが出てきた。
これを書いたのはたぶん半年以上前だ。去年の6月くらいだと思う。会社を辞めて3ヶ月ほどたったときだ。「自由、自由〜♪」と浮かれた気持ちも薄れてきて、そろそろ今後のことが不安になり始めてきたころだ。

このまま定職が見つからなかったらどうしようという不安が、頭のなかにどよーんと漂っていた。
急に経済的なことを考えて、「孤独死」とか「餓死」「生活保護」というキーワードが吹き出しのようにぽわぽわと浮かんできては、不安になった。
仕事に面白みを見いだせなくなって会社を辞めたのに、じゃあ面白みのある仕事なんて見つかってないじゃないかということに気づいて、うわわわ! と焦った。

で、うわわわ! となって慌ててマインドマップを書いてみた、という経緯だったと思う。
このマインドマップを見て、ほんの半年前のことなのに、ずいぶんと今の自分とはギャップがあるなあと思う。まるで自分じゃないみたいだ。

たとえば、「頑張るひとを応援する」などと6月の自分は書いた。たしかにそう思った記憶はある。が、気づけば今はそんなことぜんぜん思っていない。
本気で頑張るひとはわたしなんかが応援しなくたって、勝手に頑張るのだ。応援が必要なひとは、頑張っていないひとなのだ。
いや、頑張っていないというのは言い過ぎで、そんなひとも頑張っているのは確かなのだけど、結果が出なくてもそれほどダメージを受けないという感じなのだ。温度だけが無駄に高い。そういうひとたちにとっては「やりきった」という過程が存在することが重要なのだ。なにを生み出し、なにを得たかという結果は重要ではないのだ。
あることを通して、そんな現実を目の当たりにして、頭のなかから「頑張るひとを応援する」という文言はすっかり消えた。

当時のわたしは、どう働きたいかということを考えた場合、とにかく「サポート」という切り口で考えていたみたいだ。
現実的には、ガシガシと自分が前に出るより、裏方的な役割のほうが実務的に回しやすいし、得意だし適性もあると思う。自分ができることや得意なことという視点から出てきたのだと思う。

 

このマインドマップにはもう一つ「自分で考える」ということが主要な位置づけとして書かれていた。
なんだか支離滅裂である。いったいなにを書いているのだ。あんたはいったい何をしたいのだ? と思う。
「ひとを応援したいの〜」とか言いつつ「自分で考える」なんていうのは、せいぜいやりかた(方法)を自分で考えるというレベルのものにすぎない。ひとを応援するということは、そのひとの考え方を尊重するということなのだから。

「自分で考える」ということの一つに、自分で責任を取るということがあると思う。
自分という人間をまるっと差し出して勝負しないまま、「わたしは自分のあたまで考えている」などと言うのは変だ。
自らなにかを起こそうともしないくせに、自分の思うとおりにしたいという単なるわがままを言っているにすぎないということに気づかないまま、ひとのサポートなどという大義名分に逃げ込んでいた。
ほんとうは、ひとの指図を受けたくないだけなのだ。わたしは納得しないとなかなか動けない。でも、どんな職業でも、現実的にはそんなの無理だと思う。
ものすごい著名な小説家ですら、完璧に自分の思うとおりにはできていないだろう。好きな内容で、自分の都合による締め切りで書けるような大先生だったとしても、必ずどこかで出版元の指図に従わざるをえないところがあるはずだ。
ほんとうは1月1日に新作を発売したいのに、敏腕編集者に「先生、1月28日にしましょう」とか言われたら、「まあ、君がそう言うなら……」としぶしぶながらもそれに従うだろう。

家庭のボスと言われる専業主婦ですら、建売を買うのだって、家具を買うのだって、子供の教育だって、財源元の意見は聞き入れられず、すべてはボスである奥さんの意思決定によってなされる(ことが多いらしい)。でも、子供はグレるし、旦那は鹿児島に飛ばされるし、親は脳梗塞で倒れるし、とすべてが思うとおりにはいかない。

世の中思うとおりにはいかない。当たり前である。
でも、少なくとも自分のなかにあるほんとうに大事な〈なにか〉だけは、思うとおりにしたいと思う。
大事な〈なにか〉をふとした拍子で捨ててしまうから、不正もありな世の中になってしまうような気がする。そう考えると、利他的で協調性のあるひとほど、手が後ろに回る可能性が高くなるのかもしれない。これはただの自説。

利己的であれ。

わたしはなんとも思ってないんです。他人の目が怖いだけなんです。

ブログ

f:id:utsubo_lab:20170207173502j:plain

ついこの間冬になったと思ったら、もう立春が過ぎたらしい。とはいえ、寒風吹きすさび、春が立ったような気配はまったくない。

冬はごちそうの季節だ。だがわたしは冬になっても、クリスマスケーキやローストチキン、お節お雑煮の類は食べていない。したがって、七草粥だってもちろん食べなかった。365日節制しているからお粥で養生する必要なんかないのだ。
恵方巻きとかいうものを食べなかったのは、東京人としてのプライドだが、それ以外の季節のごちそうを口にしなかったのは、ひとえにわたしが孤独だからである。

わたしのほかにかろうじて猫がいるという一人と一匹暮らしの狭い我が家で、5号だ6号だのサイズのクリスマスケーキを買ってきたところで、現実的に困る。胃もたれしてわびしさがつのるだけだ。

うちの近所に気のきいたカフェがあって、予約をすれば1〜2人用の小さなお節を用意してくれるらしい。昨今の社会事情を考慮したすばらしい取り組みだと思うが、わたしにしてみれば、お正月だからといって、べつに好きでもないお節を無理して一人で食べる必要はない。パンとコーヒー、そしておにぎりとお味噌汁があれば幸せな人間なのだ。

クリスマスに一人でいる、もしくは友だちといる、あるいは家族といるということが恥ずかしい時代があった。バブル真っ盛りの、もう20数年前のことだ。 クリスマスは彼氏とステキなお店で食事をし、高級ホテルに宿泊するということが、世間的には若者としてまっとうとされていたようだった。
堅実な若者が増えてくれたおかげで、今やクリスマスに仕事をしていようが、一人でいようが、お母さんといようが、何をしてもある程度まっとうだと認められるようになった。いい時代だ。

だが、お正月に一人ぼっちでいるというのは、今も昔もちょっとばかし特殊なことなんじゃないだろうか。クリスマスと違ってとびっきりの祝日だから、サービス業のかたを除いて、仕事をしなきゃいけないということもめったにない。必然的に家にいるとかハワイに行くとかしないといけない日なのだ。
そんな日に一人で家にいるというのは、本当に孤独な人間だと思われてしまう。家族もいない、親戚もいない、彼氏もいない、友達もいない、の四拍子。

詳しい事情は紙幅の関係があって(いや、ないけど)割愛するが、わたしが一人の正月を過ごすのは、今年で3回目か4回目だ。
やってみればなんてことはない。ただ、困るのが、正月明けに誰かに会ったときに「お正月はどこか行ったんですか」などと余計なことを訊かれたときだ。引きこもっていたことを正直に言うのだが、それで会話が終わらないで「実家に帰ったんですか」とか「ご実家はどちらで」なんて訊かれると、はあとかへえとか言ってお茶を濁すしかない。
説明すると長くなるし、話したところで、相手はどう返答していいかわからず、かえって気を使わせることになるからである。

なんて、さも相手のことを思いやるようなことを書いているが、そんなことより「このひとは孤独でカワイソウなひと」と勝手に思われるのがいやなだけなのだ。
わたしもそうなのだが、人間というのは自動的に頭のなかで相手のことを類型化する。
頭のいいひと。頭の悪いひと。すてきなひと。すてきじゃないひと。やさしいひと。やさしくないひと。役に立つひと、立たないひと……。

ずっと昔、祖母と箱根に行って、あるホテルのレストランに入って昼食をとることになった。湖畔にある、ステキ系のホテルだった。
レストランに入ると、窓際の席に40歳くらいのキャリアウーマン風の女性がひとりで食事をしていた。そんなの珍しい風景ではない。だが、祖母にとっては珍しい風景だったようだ。
「あら、あのひと、ひとりだわよ!」 と祖母は、ひそひそ声にもしないで言い放った。
ちょっと! 聞こえちゃうでしょ! 失礼でしょ! 今は女性ひとりで海外旅行に行く人だってたくさんいるの。むしろひとり旅は女性の方が多いかもしれないよ、ということを祖母に言っても、さっぱり理解できない、納得しかねる、というか人の話をまったく聞いていないのが明らかな顔をしていた。
明治生まれの祖母にしてみれば、女ひとりで旅に出ることはもとより、ひとりでレストランに入ること自体が、びっくりなことなのだ。しかし、彼女は歌舞伎は一人で観に行っていたが、それはOKなんだろうか。

おばあちゃんにおひとりさま呼ばわりされた女性の心境を思うと、つらくなる。だって勝手にかわいそうに思われて、「いえ、わたしはぜんぜん平気なんですよ」と言ったところで、まったく聞き入れてもらえないからだ。「あらら、強がり言っちゃって」などと思われるだけだ。

「他人の評価を気にしない」などと「生きづらいあなたへ」なんてテーマでよく書かれているが、そんなの無理だ。
ひとの評価を聞き入れなかったら、人間として終わってしまわないだろうか。終わってしまわないほど、人間は強いのだろうか。
「自分は自分」という気持ちだけで努力してすばらしい人間になれるほど、人間は優れていないんじゃないだろうか。少なくともわたしはそんなことはできない。
ひとから「美人だね」とか「仕事デキるね」などと言われれば、あからさまなお世辞であってもうれしいんじゃなかろうか。猫ですら「かわいいね」とか言うと、寝っ転がりながら体をクネクネさせて、うれしいダンスをしている。それだって他人の評価なのだ。

だから、世の中のマジョリティとは違う環境に生きて、かつ「自分は自分」なんて強さもないわたしは、世間の押しつけがましい同情の目に必死に堪えて生きていかなければならないのだ。
そうして、人間は強くなっていく。